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卍 卍 新・仏教質問箱@参学用 卍 卍 パート1

1 :名無しさん@3周年:04/04/07 15:23
仏教に関するよろず質問スレッドです。知識を有する有志によって仏教に関する疑問・質問に答えます。
主に参学の途にある方々の知識によって対応しますので、明確な答えは出ないかもしれません。
皆で協力しあって何かの参考になるスレッドを作っていきましょう。

############# 注意 #############

初心者にはやさしく接してあげてください。
良ければ出典などを示してください。質問する人がどんな本を読めばいいかの目安になります。
明確な出展なく自説を述べる場合は、その旨はっきりさせると無用な議論の紛糾の防止になるでしょう。
机龍之介居士に関する話題は本来の仏教質問箱にて行ってください。
机居士の眼に余る理論もあるかとは思われますが、居士の御発言は専用スレッドにお賜りください。
こちらには書き込まないようお願いいたします。

無駄な荒廃や議論の紛糾防止のため、皆様のご協力をお願いいたします。

過去スレなどは>>2-3辺り。

172 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/05/15 13:42
>>170
名無しの言辺さん
まったくそうなんですよ。>>171にも書いたことなんですが、
真剣、なやんでいます。
養老孟司なんかは『バカの壁』のなかで
キリスト教は一元論、仏教(とはいってないですが、
私は仏教だと思っています)は二元論、という見方を出しています。
これなんかはかなりヒントになるような気がします。

173 :名無しさん@3周年:04/05/15 17:05
キリスト教は一元論ですか?
原理的にはそうかも知れないけど、現実問題としては二元論では?
あるいは、3元論?

仏教は一元論二元論という議論の外だとは思うのですが、
どちらかと言えば一元論ではないでしょうか。

ただ現場では、これはもう絶望的に二元論ですが。
霊魂実在の常見が当然のこととして、僧俗にまかり通っていますしね。
いまさら反論・反発すらできない状況。

174 :初学者@3ヶ月目突入:04/05/15 23:30
お久しぶりです。
「本地垂迹思想」についてお伺いしたいのですが。
「本地垂迹思想」に基づいて解釈した場合という前提で、
@垂迹の方の神に人や神を殺したという神話があって本地が例えば阿弥陀如来であった
場合阿弥陀如来がオウム真理教的な意味での「ポア」をしたと考えて問題ないでしょう
か?
A何々権現に祈願した結果敵対する一族を滅亡させることができたといった人間がいて、
その祈願した権現の本地が釈迦如来であった場合、釈迦如来が虐殺の手助けをした
と考えて問題無いでしょうか?


175 :名無しさん@3周年:04/05/16 00:04
問題あるでしょう。

本地垂迹思想というのが、もともと無理のある思想なんだから。
神は神であり、六趣の天界に属する者で、
教化の対象です。
全知全能であるでなし、完全に善でもなし。


176 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/05/16 11:15
>>171
諸行無常、一切皆苦、諸法無我、涅槃寂静
四法印は、初期仏教から大乗、密教にいたるまで、共通した概念だと
思います。
通常、初期の仏教と大乗では、菩薩行(慈悲)と、成仏の概念が
おおきく異なるようですね。
外国の方へ説明する場合、どういう問題が考えられるのでしょうか?(^-^)


177 :名無しさん@3周年:04/05/16 11:59
本地垂迹ですが、殺生は仏の作用ではありませんので、
@の神話と如来との関係は信憑性があるとは言えません。
Aも同じく如来と何々権現との間の関係は無効です。この場合の本地は
きっと魔界でしょう。

178 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/05/16 12:46
本地垂迹思想

あらぶる神々が、仏の教えに接して、仏教に帰依するのですが、
実は、その神は、もともとは仏だった、という話でもあります。

したがって、一方に組して戦争を勝たせたとしても、
それは垂迹の立場であり、本地の仏の立場ではありません。
垂迹の行いは、本地の行いではありません。
仏教でも、権教と実教で内容が異なるのと一緒です。


179 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/05/16 16:47
>>176
外国、殊に一神教の宗教を信仰している人からすると、
仏教のように多様化した教義は納得できないようです。
きっと、なんでもアリっていうのを宗教として認めたくはないのでしょう。
内村鑑三なんかは、唯一神を信仰するキリスト教に出会ったことによって、
あちこちの神社や寺院の前でいちいち拝礼しなくても済むようになった、
すなわち、たくさんの神仏から解放された喜びのようなことを言ってますが、
これはその逆のパターンでしょうね。

180 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/05/16 18:55
> すなわち、たくさんの神仏から解放された喜びのようなことを言ってますが、
たくさんの神仏を否定して、「己こそ己の寄る辺」でいいのではないでしょうか?

181 :名無しさん@3周年:04/05/17 20:08 ID:cApqEFGV
原始仏教から現代の仏教までの歴史が分かる一般向けの書籍があったら教えてください。
できたら各経典の成立時期や大まかなアブストラクト、各経典の関係、儀典かどうかも
分かる書籍だったら助かります。

著者の説が入っていると思うのでもし複数の著者の書籍がありましたら是非お願いします。


182 :名無しさん@3周年:04/05/17 20:19 ID:6+9+op3S
平川彰『インド 中国 日本  仏教通史』(春秋社)
       

   
 

183 :名無しさん@3周年:04/05/17 20:20 ID:6+9+op3S
あ、ID制になったんだ?
そりゃ良かった。

184 :名無しさん@3周年:04/05/17 20:23 ID:BWCQ7YIq
>183
シッ だまってろ。
まだ気づいてないヤシいるから。

185 :名無しさん@3周年:04/05/17 22:34 ID:cApqEFGV
おっ、おいらの発言がID化後の最初の発言だったのか。やりぃ。
さて、相撲取りや某渡が引っかかるか・・・

>>182
ありがとうございます。
他にありましたらどなたかどうかよろしくお願いします。


186 :初学者@3ヶ月目突入:04/05/18 02:03 ID:5agRkU/w
>>175
>>178
どうも有難う御座いました。御二方論旨が異なるようですがとても参考になりました。


187 :名無しさん@3周年:04/05/18 02:32 ID:UiXaqMCz
すみません、「功徳田」と「皆巳」ってなんですか・・・
往生要集を勉強しているのですが、さっぱりわからず(号泣)
よろしければお力をおかしくださいm(_ _)m

功徳田はおそらく一単語だと思うのですが、功徳とは違うのでしょうか?
皆巳は単語なのかどうかもよくわからない・・・。
本文は「一たび南無仏と称せば 皆巳に仏道を成す」とあります。

188 :名無しさん@3周年:04/05/18 07:49 ID:jmlZAU9b
浅草の帝釈天の板仏の画像見ませんでしたか?検索しても見当たらず。
載っている本でもいいです。
あれは公開されていないでしょうか?行けば撮影できるのでしょうか?

189 :名無しさん@3周年:04/05/20 18:21 ID:5EpJkp2x
主だった宗派の代表的な経典をまとめた書籍があったら教えてください。

190 :名無しさん@3周年:04/05/20 18:24 ID:/ll0X+vI
皆巳→みなすで

まんまですがな。辞書引きや。

191 :名無しさん@3周年:04/05/20 18:28 ID:/ll0X+vI
>188
帝釈天は浅草じゃなくて柴又ですよね。
現地に行けば土産物として、小型のお護りが売ってますよ。
私も持ってますな。

192 :名無しさん@3周年:04/05/20 21:45 ID:z7IL8YKU
>>189
『現代語訳大乗仏典 1〜5』:東京書籍: 各2,100円 (税込)
主要な大乗仏典17の精髄を現代語に訳しわかりやすく解説する入門叢書

193 :189:04/05/20 22:08 ID:exECI0NK
>>192
ありがとうございます。

194 : ◆5HOtQhGkBY :04/05/20 23:07 ID:WgltjAk3
> われ無上功徳田を帰命し礼したてまつる。
解説
わたしは、無上の三宝を、帰命し礼したてまつる。


195 :名無しさん@3周年:04/05/21 00:52 ID:5HVKramI
筑摩の『大乗仏典』はどうですか?
3800円のものですけれど・・・
『原始仏典』と2冊あれば、基本的なところは押さえられるかと。



196 :名無しさん@3周年:04/05/22 10:44 ID:SUUpV818
すみません。もらったプリントが不鮮明で巳(へび)己(おのれ)にすると
意味不明になってしまうので躓いていました。すでに、のほうだったんですね…

197 :名無しさん@3周年:04/05/23 06:36 ID:BRRtw39s
>>191
有難うございます。むむ、やはり東京まで行かねばならぬか…。田舎なんで。
悩。

198 :名無しさん@3周年:04/05/23 18:07 ID:2mvqsU/Y
大変くだらない質問で恐縮ですが・・・

http://homepage3.nifty.com/205/chiharu24jp/back/f22230795.html
↑の背中に彫られているのは一体何なのでしょうか?

最初は弁天かな?とも思いましたがどうも違うようなので・・・

今のところ持物の形状から「耳かき神」「綿棒神」「木琴神」と呼ばれています。

宜しければお答え下さい。

199 :名無しさん@3周年:04/05/23 18:22 ID:7LJI3yqO
法華経の中で、唱えると浄霊効果がある、お経は、何ですか? 教えてください。

200 :ネットサーファー@~の國:04/05/23 21:46 ID:GqLL8f61
ホーホケキョ
ケキョ ケキョ ケキョ ケキョ

201 :ネットサーファー@~の國:04/05/23 21:50 ID:GqLL8f61
世の中には恐怖の対象があるのではない。
ただあなたの中に恐怖の感情があるだけなのだ。
そして人はその恐怖の感情を恐れ続ける。

202 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/05/23 21:52 ID:TEpjqzeq
仏教では、基本的に、霊の存在を認めていません。(無我)
ですから、経典には、浄霊効果は無いと思います。私見ですが。

203 :名無しさん@3周年:04/05/23 22:05 ID:qlyu52bG
>>202
そんなもん、霊の定義によるだろう。

仏教では、基本的に、仏性の存在を認めていません。(無我)
ですが、仏性を説かない日本仏教は無いと思います。私見じゃないよ。

204 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/05/24 12:28 ID:kpKs8M9T
>>203
霊は定義の問題でしょうが、「浄霊効果」は定義の問題ではすまされないのでは?

仏教では無記ですが、わたしは、霊の存在を否定はしていません。
つまり、霊障というものは存在(縁起性)し、それに対して経典は
役に立たないと考えます。


205 :仔猫の尻尾:04/05/24 12:30 ID:d3I8GmjV
>>203
霊魂で駄目なら、
念、あるいは識という単語ならいいのか?

206 :名無しさん@3周年:04/05/24 14:41 ID:Y5XKdVGT
てすと

207 :名無しさん@3周年:04/05/24 17:33 ID:nV7XG7et
“悟る”って具体的にどう言うことでしょうか?

208 :名無しさん@3周年:04/05/24 18:33 ID:nV7XG7et
あと>>158は私です。
まだ、よく理解は出来ませんでしたが、皆さんご親切にありがとうございました。

209 :名無しさん@3周年:04/05/24 22:46 ID:sJbiQkT/
>>204
いや、だから霊ってなにさ。

210 :仔猫の尻尾:04/05/24 23:02 ID:d3I8GmjV
霊って何だろうね。
霊魂と識の相違は?
空との関係は?

・・・・って、かなり日本仏教の根源的な問題に関わるテーマではあるね。

211 :名無しさん@3周年:04/05/24 23:39 ID:Yux/Wxzk
>>202
レンマさん、コピペですが、ここで魂と訳されているヴィンニャーナは所謂、霊じゃないですか?
しかも輪廻+来世あるいは中有のようなものが想定されていることは明らかでしょう。
ここに限らず、パーリ、サンスクリット、漢訳、蔵訳、シナ撰述、チベット撰述、日本撰述
いずれにしても霊や鬼神に充ち満ちていることは否定しようもないんですけどね。

191 名前:名無しさん@3周年 メール: 投稿日:04/05/17 11:37
>中公の世界の名著1、451-456ページ
> 「病あつきヴァッカリ」です。示唆に富むと思われるので以下に紹介します。
>
> 病の床についたヴァッカリ尊者のもとへ釈尊がいらして、語りかけます。
> 釈尊:悩みや後悔がないか?
> ヴァッカリ尊者:ある
> 釈尊:では戒律は清浄だったか?
> ヴァッカリ尊者:清浄
> 釈尊:清浄なら悩みや後悔などないではないか!
> ヴァッカリ尊者:釈尊にお目にかかる体力がないこと(意味不明、たぶんヴァッカリの小さな拘り)
>     以下引用、


212 :名無しさん@3周年:04/05/24 23:39 ID:Yux/Wxzk
192 名前:名無しさん@3周年 メール: 投稿日:04/05/17 11:38
>968 名前:名無しさん@3周年 メール: 投稿日:03/09/15 17:08
> >「ヴァッカリよ、もうそういうことはよしなさい。おまえが、(わたしのやがては)腐敗してゆく
> >この肉身を見たからといって、それがいったい何になろう。ヴァッカリよ、ものごとの理法を
> >正しく見る者は、わたしを見るのであり、わたしを見る者は、ものごとの理法を正しく見ること
> >になるのです。ヴァッカリよ、ものごとの理法を正しく見ている者は、(結局その理法にほかな
> >らない、この)わたしを見ていることになり、わたしを見ている者は、(結局のところ)もの
> >ごとの理法を正しく見ていることになるからです。
> > ヴァッカリよ、ものは、永遠に不変のものなのか、それとも無常なのか、
> >おまえはこのことをどう考えるか」
> >「師よ、無常です」
> >「感受、想念、因果的存在、心は永遠に不変なのか、それとも無常なのか」
> >「師よ、(それらはすべて)無常なものです」
> >「こういうわけだから、このように(すべてのものが無常であることを)みて、再びこの(苦の)
> >世界に生をうけることはないと知るのである」
>
> この後ヴァッカリ尊者は無常を覚り、自殺する。すると悪魔がヴァッカリ尊者の魂を探すが、
> 魂は止まることなく涅槃したことを釈尊がみなに告げる。


213 :名無しさん@3周年:04/05/24 23:40 ID:Yux/Wxzk
193 名前:名無しさん@3周年 メール: 投稿日:04/05/17 11:38
>969 名前:名無しさん@3周年 メール: 投稿日:03/09/15 17:08
> ヴァッカリ尊者のように自殺して涅槃に入ったケースにゴーディカ尊者がいます。
> 六度解脱し六度解脱から後退した彼は、七度目に解脱した時に自殺し涅槃する。
> 悪魔がゴーディカ尊者の魂を探すが、見つからない。釈尊は彼が涅槃したことを讃える。
>        中村元訳『悪魔との対話』岩波文庫 48-52ページ
>
> もちろん釈尊は不殺生戒で普通の自殺を禁じています。諸律に説かれますが複雑なので引用しません。
> 解脱せずに自殺すれば輪廻しますし悪趣に落ちるとされます。
> それとは逆に上の二ケースのように解脱した状態で自殺した場合、涅槃できると考えられます。
> 悪魔は自殺した人が輪廻にあると思って魂、中村訳では「識別力」を求めていること、
> それを釈尊が認めていることから、凡人の死後が想定されていることがはっきりします。
> これはベロさんの答え>>801 と全く対立すると思います。
> もちろん、ここで「魂」「識別力」と訳されている識(ヴィンニャーナ)も無常なものであることは、
> 「心」と訳されている識(ヴィンニャーナ)が無常であること既に釈尊が確認ずみです。
>     (尚、輪廻の主体は仏教で問題となり色々な説が考え出されたが、このように初期は識とも
>      言われていたようです。無常性を強調して後に心相続というようになったのかも?)


214 :名無しさん@3周年:04/05/25 00:26 ID:LJvXZEHk
>>125 >>131
レンマさん、霊に続いて地獄等の六道は単なる概念ではないでしょう。
近代日本仏教学の一部を除いてすべての仏教は六道輪廻という苦の現状認識から出発します。
実在をどうゆう意味で使われているか分かりませんが、現在の経験世界を実在と呼ぶなら、輪廻も実在です。
もちろん、それら全ては無常で空ですが。

例えば、中村先生の『ブッダのことば』779 はこのように

想いを知り尽くして、激流を渡れ。聖者は、所有したいという執着に汚されることなく、
(煩悩の)矢を抜き取って、つとめ励んで行い、この世もかの世をも望まない。

それを水野弘元先生はこう訳しています。

想を遍知して暴流を度るべし.
牟尼は諸遍取に染取するなく、
箭を抜き不放逸にして行じつつ.
此世と他[世]とを願求するなし.
                         南傳大蔵経、第42巻、79頁


215 :名無しさん@3周年:04/05/25 00:26 ID:LJvXZEHk
その古い註ニッデーサで、その部分をこう註釈しています。

此世と他[世]とを願求するなしとは、此世たる自己の身体を願求せず、
他世たる他人の身体を願求せず.此世たる自己の色・受・想・行・識を願求せず、
他世たる他人の色・受・想・行・識を願求せず.此世たる自己の六内処を願求せず、
他世たる他人の六内処を願求せず.此世たる人世間を願求せず、
他世たる天世間を願求せず.此世たる欲界を願求せず、
他世たる色界・無色界を願求せず.此世たる欲界・色界を願求せず、
他世たる無色界を願求せず.更に趣・生起・結生・有・輪廻又は輪転を願求せず.
欲求せず、楽はず、冀求せず、希望せず、熱望せざるなり.
これ「此世と他[世]とを願求するなし」[の義]なり.
                         南傳大蔵経、第42巻、85-86頁
つまり聖者はこの世の楽もかの世の楽も望ます、解脱を目指すということです。
まれにこのよう色界・無色界の記述を現世における意識状態と強引に解釈する人がいますが、
上のヴィンニャーナの例といい、この例といいそういう解釈は無理だとはっきり分かるでしょう。
この世とかの世というのが現世と来世であるとはっきり分かります。
なぜなら「趣・生起・結生・有・輪廻」という部分が来世での再生をはっきり意味していますから。

ヴァッカリ尊者ゴーディカ尊者の例は煩悩があるかぎり輪廻してしまうことをはっきり示しているでしょう。
また、昇天・輪廻等の教えを初心者への方便と解釈する人がいますが、この例はそれをきっちり否定します。
なぜなら、涅槃に入った尊者たちへの最後の教えとして説かれた教えだからです。


216 :名無しさん@3周年:04/05/25 02:09 ID:RyhIF+7C
新生仏教ってどのような宗教なのですか?

217 :名無しさん@3周年:04/05/25 18:20 ID:9yKpJbqE
お経に浄霊効果ないのですか? でも、祈祷とかは、効果あると思いますよ。

218 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/05/25 22:49 ID:z3qx6Ler
この現実の地上の世界を仮に実在と呼びました。

問題は、六道輪廻をどう解釈するか、ですね。
地獄とか天界とかが、この現実の地上以外のところにあると考える人は、
現代には、ほとんどいないのでは?
六道がこころの働き(識)であるというのなら、同意します。

それとは別に、霊障というのは、経験の上から、現実の世界で、病気や怪我など
物理的な作用をともなう、という意味で、実在していると、考えます。

霊の正体まではわかりませんが・・
いずれにせよ縁起性で、ただしく供養すれば、やがては消滅すると考えます。

219 :名無しさん@3周年:04/05/25 23:49 ID:KbNjG9bV
唯物論者には何も出来やしませんよ。

220 :名無しさん@3周年:04/05/26 00:52 ID:/2eNMaHY
>>218
正体も分からず供養すればなんとかなると思うとは笑止な。
そういう根拠のない妄想にはつい反応しちゃうんだよね。
あなたのような善良すぎるおばかさんがたくさんいるから霊感商法は廃れることを知らないのでしょう。

221 :名無しさん@3周年:04/05/26 11:24 ID:RRvftSRz
>>218
> 地獄とか天界とかが、この現実の地上以外のところにあると考える人は、
> 現代には、ほとんどいないのでは?
> 六道がこころの働き(識)であるというのなら、同意します。
上のような立場のレンマさんは、>>211-215 の経典の記述をどう解釈するんですか?


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